幼児向けの野球体験教室に行った。子どもたちの年齢は、3歳から6歳。幼稚園でいうと年少・年中・年長約10名ほど。ほとんどが男の子たちだった。野球をやりたくてたまらない年長さんや、お友だちがいるからという理由で親に連れてこられた年中さんや年少さん。わたしの息子は3歳。初日は全力で嫌がっていたものの、2日目は元気に「野球行く!」と言ってくれた。
そこで、わたしは未就学児の段階で、すでに「ダメな子」ができてしまっていることに気がついた。
それは、野球のコーチの話が「聞ける子」と「聞けない子」。
わたしの息子はというと、その日に限って言えば「聞ける子」だった。
コーチがゴロで転がしてくれたボールを、ほとんど足元でバウンドしてしまいながらも、グローブでつかみ、ちゃんと返球した。
子どもたちの年齢は関係なかった。3歳児で話が聞ける子もいれば、話が聞けない6歳もいた。幼稚園では、先生の話を聞く義務があるから、6歳児のほうが優れているだろうと思っていた。しかし、6歳の年長さんでもコーチの話は聞けなかった。
コーチが説明をしているあいだ中、ある子はふざけ続けていた。投げてもらったボールをまったく違う方向に投げ飛ばして、一人で笑っていた。
楽観的な人は、「個性だよ」「そのうちできるようになる」「野球が向いていないだけ」と言うかもしれない。
ほんとうにそうだろうか。自分の子どもがそうだったとしても、そう言えるのか。
これは、あきらかに親の教育によるものだ。親としての責任がある。教育責任。わたしは、それまで自分がやってきた教育に自信を持っていたわけではないが、少なくともわたしは間違っていなかった。もしくは、相当ましな教育ができていたのかもしれない。
話を聞ける子に育てる、たった一つの原則
先生にしろ、コーチにしろ、目上の人の話を聞けないと一生を棒に振る。人の話を聞けないと、誰からも何からも学ぶことができず、進歩しなくなります。
そして、人の話を聞く子になるには「父親の言うことを聞くこと」です。
子どもは父親の弱さを、誰より先に見抜いている
人は強い人の話を聞きます。これは子どもも同じ。父親が家庭の中で強いか弱いかを、言葉ではなく空気で察知します。
父親が家庭で存在感を持たず、意思決定にも関わらず、母親の後ろに引っ込んでいれば、子どもは無意識のうちに判断してしまいます。「この人の話を聞かなくていい」と。
父が弱ければ、子どもは家の中で自分が主人だと勘違します。母親より自分が強いと錯覚し、そうなれば、父の言葉はおろか、母の言葉も届かなってしまいます。コーチの話も、先生の指示も、上司の言葉も。
父の話を聞ける子に育てる方法
①家庭でお父さんが決定権を持つ
家庭の意思決定は、父親がくださないといけません。どこへ行くか、何を食べるか、いつ寝るか。小さな決定の積み重ねが、父親の言葉に「重み」を与えます。決定権のない父親の言葉は、子どもには届きません。
②「ダメ」なときは、「ダメ」とちゃんと叱れ
子どもはダメの限度がわかりません。どこまでやっても許されるか、怒られるか親の顔を伺いながら試しています。だからダメなときはダメと言わないといけません。もちろん自分の子どもは可愛い。だから叱らずに自由に伸び伸びと育てるのが一番と思うかもしれない。しかし、それでは父としての威厳がなくなり、その先どんな言葉も行き届かなくなります。父親として「ダメ」の判断が間違っていてもいい。親として成長していくうちに、判断は自然とよくなります。大切なのは、父親の叱責が行きわたるかどうかです。「ダメ」が届かない子どもは、自分の行動がダメだということを認識できなくなります。自分の行動がダメだと認識できない子は、何をやっても上達しません。叱ることは将来に対する投資です。
③父親自身が人の話を聞く姿を見せる
お父さんの話を聞けなかった子どもの末路
子どもは親の背中を見て育ちます。父親がコーチの話を真剣に聞いている、知人の言葉に耳を傾けている、妻の意見に向き合っている。そして、子どもと遊んでいるとき、子どもの話を聞いてあげる。その姿こそが、聞く力を育てます。語るより、やって見せます。
わたし自身の話になるが、何をやってもダメな男になってしまいました。
わたしは子どもの頃、両親はほぼ別居状態で、わたしが15歳の時に離婚した。当時、わたしは母親と姉とともに父親を家庭の隅に追いやっていた。まったく、親不孝な子どもだった。その結果、ツケが回ってきました。
小学校に入ってからずっと落ちこぼれ。机に向かって勉強ができなかった。先生の話も聞けず、言い訳タラタラな子どもだった。大学は私大に入った。大学生とは名ばかりの学力は小学生レベルだった。スポーツをしても、上のレベルには行けなかった。先輩や指導者の指摘を、うまく聞き入れられなかったから。何をやっても続かない。努力は嫌。弱いそんな男になった。
わたしの父は、仕事もできたし料理もできた。本来強くなれる人だったのに、わたしは父親を無下に扱っていた。
いまは亡き父となったが、言いたいことがある。
「お父さん、わたしは親不孝者で大変申し訳ございませんでした。」
お父さんは強くなければならない
話を聞ける子と聞けない子の差は、家庭で、父親の言葉が届いているかどうか。
- 父親が家庭で強くあること。
- 決定権を持つこと。
- 「ダメ」行動をしたときはしっかり「ダメ」ということ。
- 自分が人の話を聞く姿を見せること。
これが、子どもをコーチの話が聞ける子に、先生の言葉が届く子に、上司と向き合える大人に育てる。
野球体験の場で見た光景は、子どもたちの一例であり、かつてのわたしでもあった。
父親は絶対に強くなければならない。
強くなる義務がある。
これは、父の宿命だ。

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