リビングで遊んでいた、小学生のお姉ちゃんと3歳の息子。
お姉ちゃんのかかとが、息子の顔に当たった。
「いたい……」
息子はそう言いながら、すぐに僕の顔を見た。
僕は、「遊んでいたら、痛くすることもあるから」と言った。
すると、息子は「うん!」と言って、すぐに遊びに戻っていった。
子どもが痛がったとき、どう声をかけていますか?
とっさに「大丈夫!?」と言いそうになりますよね。
「大丈夫!?」と言いかけて、やめた
娘は、「あ、蹴っちゃった……どうしよう」という顔。
ごめんとは言わなかったけれど、内心はごめんと思っていたはず。
僕は正直、一瞬「大丈夫!?」と言いかけました。
でも、とっさの判断で、言葉を変えました。
思いきり当たったわけではない。
子どもが耐えられるくらいの当たり方だった。
これは、日常で起こりうる小さなハプニング。
わざわざ問題にする必要はまったくなかった。
あとから考えると、もし「あら、大丈夫!?」と言っていたら、息子は泣き出していたかもしれない。
「お姉ちゃん、ちゃんと注意しなさい」と言っていたら、息子は娘に八つ当たりしに行っていたかもしれない。
あの一言、言いかけてやめてよかった。
子どもは、親の顔で痛みを決めている
娘に蹴られたとき息子は「いたい……」と言いながら、僕の顔を見ていた。
その表情からして、息子は明らかに、痛いかどうかを僕に聞いていた。
親が慌てれば、大きな痛みになる。
親が落ち着いていれば、たいしたことない痛みで終わる。
調べてみると、小さな子どもは、どうしていいかわからないとき、親の表情を見て動くようです。※
あの日の息子も、まさにそうでした。
ケガはつきもの、と親が思っておけばいい
遊んでいたら、ケガはつきものです。
公園でも、家の中でも。
まずは親が、それを念頭に置いておかなければいけないと思いました。
最近は、子どもがケガをしないよう、すぐ後ろで捕まえられるように構えている親御さんをよく見かけます。
その子どもを守りたい気持ちは、僕にもよくわかります。
でも、子どもは「自分でできる」という気持ちで遊んでいます。
大事に至らないくらいのケガは、経験させるべきだと思いました。
転んでも、かすり傷くらいならどうってことない。
もう一度挑戦させてあげる。
それが、親の仕事だと気づきました。
もちろん、頭を強く打ったときや、ぐったりしているときは別。
そのときは、迷わず駆け寄りますが、小さなケガなら大ごとにする必要はありません。
先回りが、子どもの生きる力を奪っているかも
子ども同士のトラブルに、親がそこまで口を出さなくてもいいのではないでしょうか。
あの日もし、僕が介入していたら、息子は自分で考える前に、「これは大変なことなんだ」と受け取っていたと思います。
泣き出して、泣き止ませるのに時間がかかっていた可能性もあります。
でも、息子は自分で「たいしたことない、平気だ!」と思えたから、自分で気持ちを切りかえて、
お姉ちゃんとの遊びに戻っていきました。
痛くても、自分で立ち直る。
小さなことですが、これが生きる力の第一歩だと思います。
親が先回りすると、子どもがこの力を育む機会がなくなってしまう。
安全を優先する子育てが広がる中で、子どもが自ら立ち直る機会は、知らず知らずのうちに減っているのかもしれません。
それに気づけるのは、いちばん近くにいる僕たち親だけではないでしょうか。


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